ドリームガールズ

これこそスタンディング・オベーション! ミュージカル「ドリーム・ガールズ」
文・ブレイク屋西兵衛

映画版のDVDの表紙では、ジェニファー・ハドソンが完全無視されている。

2006年にビヨンセ主演で映画化され、舞台でも2009年にリメイク、その翌年には日本公演も行われたが、ここで書くのは、1981年版のブロードウェイ・ミュージカルだ。
 
1983年3月初旬、ニューヨーク・マンハッタンの49番街。「ミュージカルの聖地」として名が知られている割 には、一見すると、小汚い裏通りのようにも見えたが、豪華なコートを身にまとった紳士淑女が高級リムジンから次々と降りてくる中、革ジャンとジーンズで入 場するのは、ちょっと勇気が必要だった。
ミュージカルなど何の興味もなかったが、「まあ、ニューヨークまで来たんだから」と試しに見た「42nd ストリート」が思いのほか良かったので、この日もタイムズスクエアの格安チケット売り場に並んで切符を買い、2夜連続のミュージカル観賞になった。
 
あらすじは正確には覚えていないが(英語だったので、分からない部分も多かった)、だいたい、こんな感じだ。売 れない黒人女性コーラスグループ3人組が、徐々にのし上がっていくが、もう一つ抜けきれないものがある。リーダー格のエフィーは歌唱力は抜群だかルックス はイマイチで、スター性がないと判断されセンターを下ろされてしまう(日本でいえば、キャンディーズのスーちゃんか?)。仲の良かった3人にも、徐々に亀 裂が入って・・・。こんな内容だったと思うが、はっきり言って、筋なんて、どうでもいい。

主演のジェニファー・ホリデーが圧巻だった
。最初は、「ただの太った黒人おばさん」と思っていたが、完全に度胆を抜かれた。
「世界ナンバー1シンガーは?」と問われれば、迷うことなく私はジェニファー・ホリデーと答える。自分の目で実 際にライブを見て、生の歌を聴いた人の数はそれほど多くはないが、この答えには、かなり自信がある。抜群の実力を認められながら、美人とは言い難かったの で、メジャーになりきれなかったところも、なんだかカール・ゴッチに似ていて(?)、泣かせるところだ。日本の歌い手、ミュージシャンで、彼女の曲を歌い こなせる人は未来永劫、絶対に出てこないだろう。肉体構造が根本的に違うのではないか。

ベタっとした湿っぽい地声が凄まじいほどの肺活量と共に吐き出される。
肉食獣の雄叫びに似ているかもしれない。前半ラストの「And I Am Telling You I’m Not Going」では、ほとんど飢えたライオンだ。世界の大都会ニューヨークの夜空に向かって獰猛な野獣が吼えていた。大音響の伴奏を彼女の迫力で蹴散らして いるかのようだった
(ユーチューブで見れるので、ぜひぜひ見てちょうだい。後半の挿入歌「One Night Only」も泣ける!)。
「ここまで、やられちゃったら、もう、こうするしかないでしょう」とばかり、スタンディングオベーションが自然 発生するが(しかも劇中に!)、私も当然参加した。「鳥肌」なんてもんじゃない。感動神経(?)をメッタ切りにされ、思考力を失って、無意識に立ち上が り、手を合わせていたのだ。

2006年の映画版のエフィー役、ジェニファー・ハドンソン(明らかに、ジェニファー・ホリデーを意識して名付けられている)は、確かに歌唱力抜群で声も 美しかったが、なんだか「あか抜け過ぎている」ようで、「バタ臭さ」に欠けている。しかも、ルックスも、悪くなかった。太ってはいるが、けっこう、いい女 だ。初期の榊原郁恵といったところか。あれだと、なんとなく「売れそう」で、センターを首にはならんだろう。記録では、1981年の12月20日に開幕 し、85年8月11日までの4年間で1522回上演されたが、その1回を見れたことは本当に幸運だったと思っている。
 
その後、何年かして新宿の厚生年金会館で再び「ドリーム・ガールズ」を見た。
正確な日付は覚えていないが、アメリカでのロングランが終了し、「最後のひと稼ぎ」にと日本に呼ばれたときのようだ。ニューヨークでの興奮、感動をもう一度味わいたいと思った私はチケットを買い、姉と一緒に見に行った。入場して、すぐに思った。
会場が広い。広すぎるんじゃないか。それが原因なのか、舞台との一体感がまるでない。出演者も観光気分で来ているだろうから、多くを期待するのは無理だったようだ。
帰り道、姉に聞いてみた。「どうだった?」
姉は「よかったね」と答えていたが、まあ、その程度の内容だったろう。当然だが、スタンディング・オベーションは起こらず、「猛獣」はすっかり、「去勢」されていた。

この日以来、「日本でライブは見るな」、そう思った。
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