南の島から介護の話

南の島に憧れてプーケットにやってきたものの、ふと気がつくと親は高齢。
ずっと、面倒をみてもらってきた自分が、今度は、親の介護をすることに・・・・・
そんな話を綴っていこうと思います。
 
第1回
介護で初めてわかった父の人となり
鳥羽正子さん

両親とも、昭和3年生まれの84歳です。父が80歳くらいのとき認知が始まりました。
最初は、今話していることをすぐに忘れてしまう程度でしたから、それほど驚きませんでしたが、そのうちに、薬局で同じ薬を何度も買ってしまったり、車の運転中にアクセルとブレーキを踏み間違えて軽い追突事故を起こしてしまったり、ゴルフに行ったとき、ロッカールームで別の人の靴を履いて騒ぎになったりとだんだん重くなっていきました。

介護保険は申請から認定まで約1ヶ月ほどかかりますが、もしものときに備え申し込んでおきました。実際に使うようになったのは、それから1年くらい経った後でしたが、いざ使いたいと思った時にすぐ対応できて、あのとき申請しておいてよかったなと思いました。介護用品、用具などが安く手に入ったり、レンタルもできるのでありがたいです。

父は自営業者で、黙々と仕事をするタイプでした。社交的でもありませんでしたから、デイケア(注1)には、たぶん行きたがらないだろうなと思っていましたが、そこに通っているゴルフ友達に誘われ、行くようになると気に入ってくれました。毎週一回、本人も楽しいようです。

今年の夏に、心筋梗塞で2ヶ月ほど入院しました。退院後はリハビリに週2回通っています。デイケアと合わせて週3回外出できるので、気分転換にもなるようです。テレビの前でうつらうつらしていることも少なくなったように思います。

やはり、規則正しい生活をしていないと、人間はどんどん弱っていきます。「やらねばならない」と思うことは何歳になっても必要みたいですし、父が外出することで母や姉も息抜きができるようになりました。

父は
糖尿を30年前から糖尿を患っていますので、朝、昼、晩と毎日3回自転車に乗って散歩に出るのが日課でした。今は朝と昼の2回、歩いて出かけます。ちょっとした食事制限はありますが、今となっては健康食といえるかもしれません。毎日、美味しいといって食事をしているので、それは幸せなことだと思います。

両親だけだと老老介護(注2)になってしまいますから、姉が同居して両親の面倒を見ています。私も姉も、大学生の頃から東京暮らしでしたから、姉が過疎の田舎で親と一緒に住むのは大変だと思います。姉の仕事はインターネット関連なので、現在は年に2回、私が日本に帰り、その間、姉がプーケットで過ごしています。実際、私が犬2匹、猫1匹を飼っていますのでそのテイクケアも必要ですし、今はいい感じに日本に帰れているように思います。

姉の話によれば、父が心筋梗塞で入院したときは、とても恐い思いをしたようです。心臓専門の病院だったので、認知症患者のためのケアはないんだと思います。酷い扱いを受けたようです。病院では通常、夜中に入院患者がトイレに行きたくなったときは枕元のボタンを押して人を呼べばよいのですが、認知症の父には、それができません。何度か看護の人を煩わせていたようで、睡眠薬を大量に投与され、時には拘束までされていたようです。拘束なんて、聞いただけで胸が痛みました。

父は寝付きがいい人なので、睡眠薬なんて全然必要ない。だから必要以上に効きすぎて、日中もかなりボーっとしてしまい、姉はおかしいと思ったようです。デイケアの人に相談すると、中には2週間以上、薬が切れない人もいるそうです。結局、この睡眠薬投与が入院を長引かせたようでした。医療現場の実態をみせられたようで、ちょっと恐ろしいですね。
自分は元気に生きて、コロッと死にたいと思います。病院の世話にならず、家で死ねれば最高でしょうね。

介護を始めるまでは、父がどういう人なのか、ぜんぜんわかりませんでした。母のことは、よくわかっていましたが、父が死んだとき、父がどんな人か振り返ることができないのではと思っていました。昭和一桁で気難しい人だったのに、今は逆に、にこやかに暮らしています。そういうことって、よくあるそうですね。

今の父は現状を受け入れて生きているような気がします。前は自己中心的な人だったようにも感じましたが、反面、他人のことは気にしない。今はその良さが出ているように思います。

両親とも年金を頂いていますが、父の支給額の方が多いので、父にもしものことがあれば母が困るでしょう。ですから、いつも父に、こう言っています。
「生きることが、お父さんの仕事なんだよ」(冗談半分ですよ!)
「それも元気で生きていないと、いけないんだよ」なんてね。

私が日本に帰ってやることは、食事をつくる、かかりつけの病院に連れていく、時々外食や買い物に連れていく、天気が良かったら、父と一緒に散歩に行く、そんなことです。危篤状態になってから戻っても、自分ができることなんてなにもない元気なうちに、少しでも楽しい時間を持てるように、父の介護をしたいですね。
同時に、私が帰ることが母をも元気にさせるようです。この歳になっても、なんの親孝行もしたことのない私なので、せめて日本に帰ることが親孝行か?と思っています。

鳥羽正子さん
埼玉県秩父市出身。20年ほど前にプーケットに移り住む。
日本語情報誌「プーケット・ウォーク」主宰。プーケット日本人会広報担当。

(注1) デイケア
老人と精神科に分かれており、利用者同士が交流するということが特徴としてあげられれる。昼間にレクリエーションなどの活動で人と接することによって社会復帰や入院予防を目標とする。デイケアの目的は、次の三点にある。
・決まったリズムのある生活を営むことで、生活時間の管理能力を持たせること。
・仲間と一緒に何かをすることで、自主性と協調性を培うこと。
・ゲームや簡単な手作業を通して、社会復帰の体力と作業能力を維持、向上させること。

(注2)老老介護

家庭の事情などにより高齢者が高齢者の介護をせざるをえない状況のことで、日本のような高齢化社会を形成している国家ではよくみられるケースである。高齢の夫婦や親子、兄弟において妻が夫の介護を、息子が母の介護を、妹が姉の介護をというケースなど様々なケースがあり、家族が共倒れする危険性や介護疲れによる心中事件もあることから大きな社会問題となっている。
2012年春、を見にでかけました。